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費用対効果やコストパフォーマンスに囚われない

 昨今は「費用対効果」、同じ意味ですが「コストパフォーマンス」という言葉を俊敏に耳にします。

 この言葉がもてはやされる意味も背景も承知はしていますが、それでもこの言葉を私は好みません。ですから普段から口にもしないし筆にもしません。

 私の好きな人物に中野剛志さんという方がいます。この方や西部邁さん、伊藤貫さん、柴山佳太さんや瀬輝久さんらは私の思想に大きな影響を与えています。最近は山口周さんの書籍も多数買いました。

 少々脱線しましたが、中野剛志曰くこのコストパフォーマンスという言葉はとてもよろしくないと語っていました。https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g444313648

 費用(かかる時間や金銭)に対し得られる効果(便益)を重視するその姿勢は、企業経営や利益をあげると言った面では当然重要です。ですがそれが世間の言うイノヴェーション(innovazione)、革新や改革が起こりうるのかと言えば、それは難しいと思えます。なぜなら、一段一段階段を上のは着実では有っても革新とは表せない。革新というなら2〜3段跳びは必要なはずですが、それが掛かる費用を睨めっこしながら可能なのかと言えば、少なくとも私は懐疑的にならざるをえません。
 当社も開発業務ではなく、自分の好きでこれまでに多くの実験を行ってきました。それは直接的な要望があり開発を行ったのではなく自身の知的好奇心を満たすための行動でした。それは非常に大きな効果を生み出し、現在の礎になっているのは間違いありません。

 前記の中野さんの記事にGAFA(Google,Amazon,Facebook,Apple)にマイクロソフトなどが数学研究の水準は、MITなど超一流の大学を超えているとあります。これらの企業は飛んでも無く費用対効果を突き詰めつつも、他方で研究に関してはその環境から解き放たれているのではないでしょうか?ここに関しては想像の域を出ませんし、成果のでない人間は容赦無く切られ「開発の枠組みにおいて」との注釈が必要かも知れません。これら巨大企業の理論や倫理といった部分に関して、部外者であり大企業の論理を知らない私には知り得ない事柄ではあります。

 数学の重要性がより増し、デジタルの世界では殊更に大切だとはそれなりに理解はしつつも、ならば実はより大切なのは文学と芸術である。と言わせて頂きたい。量子力学を学ぶ当社のアルバイトであった金岡君と話している時にも強く感じ、数学科出身の社員・小野寺君からも数学は哲学に通づると聞き及んでいます。
 数学を知らない私ですが、彼らの話を聞くにあたり実は相当部分で芸術的なのではないかとの感じさせられます。見えない何かを追い求めると言った観点から、作り上げる行為が同質に思えるのです。

 最近、というか世界的には第三極的な観点が主流なようです。つまり理系と文系を分けない考え方です。これには全く賛同します。両者は別々ではないとしか感じられないからです。これを理論・体系化した書物や話はあるかも知れませんが、具体的にこれだと言った事例を私は知りません。しかし私自身は確かな手応えを持ってそれらが同じだと言えるのです。

 その二つを一体とするのはつまり統一場理論のように、ミクロでは正しい法則がマクロで合わせると違ってしまう「合成の誤謬」をどのように体系化するか重要であるし、それを理解するにはテクノロジーやアート超えた宗教的(本当の意味での宗教で無くとも)な思想や形而上の価値に囚われない探究心が求められる様に思います。
 数学者も芸術家もその道を究めんとするならば求道者といって差支えなさそうではありますが、そこには専門家の罠も潜んでおり、専門分野を超えた大局観をもたなければ達成し得ない様な、それも数千年(数学や天文学が2000年以上も前から研究されている様に)かかっても答えの出ない事柄なのでしょう。

 という訳で、動画で直接的な利益を得る宣伝広告をしているおかげで、ここでは好きに書かせて頂きました。もう少し数学と芸術の学習に励み、この手の神学論争とでも言うべき答えなき話題を飲み屋で語り明かしたいと思います。

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