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バイクで遊ぶ

プロダクトと国語力、文学

 お久しぶりです。

 先週末は作業が重なり、台風が来て、その最中に父の手術のため柏から松戸の病院へ送り、そのまま待機し柏の病院へ戻りそのころにはすっかり日も暮れ、しかも台風が一番ひどくなる時間帯。あわただしくしていたら、ブログの更新も四日ぶりとなってしまいました。

 今日は指揮者の大野和士さんのテレビ番組を見返していて、ふと気づくことがありました。
 大野さんが言うにはクラシック音楽、特にオペラではその曲への深い理解が大切になるそうです。歌詞のない曲では解釈は様々だし色々な崩し方もあるや思いますが、オペラでは物語がある分だけにその世界観は厳然として存在します。そこで詩の内容を理解し音楽に反映させる事が重要になるのではないかと、私自身は解釈しました。

 そこでふと気づいたのは、バイクや車も同じだという点です。
 車両設計から製造、営業に販売まで含めそこには一連の文脈(コンテスト)があります。ターゲット、価格、開拓したいマーケットなどそれらは多くの要素から成立しているはずです。
 然らば、一台の車両を販売するということは、ある種の文学的要素を含んでいるのではないかと、私は仮定します。作者の意図を読み取れば、その車両の容姿、価格と乗り味の仕立て具合もある程度は意図する方向性がわかるようになります。

 この作者の意図を読み解く能力は、端的に言えば「国語力」です。私は学校の勉強はほとんどできませんでしたが(数学は0点を何度もとり、数学と英語の平均点は多分25点前後だったと記憶しています)、生まれ持った資質からか国語は常に80点以上。社会と理科は勉強せずとも50~70点は取れていました。この二分野もテスト前の勉強を怠らなければ80点以上は労せずに取れました。

 唯一といえる取り柄の国語力が、いまバイクや車を評価する際、とても役立っているのではないかと、そのように感じています。

 中学一年の時、ふと読書をしない大人って何かおかしいのではないか?との危機感を覚え、それからどのような分野でもよいから、とにかく本を読もうと思い立ち、今に至ります。
 これも持って生まれた資質が関係しているかもしれませんが、文学に触れるおかげで美意識というものが身についたように思います。これに加え中学三年生からはギターを弾き始め、芸術にたいする素養を作ったはずです。

 20歳ころに音楽学校に通い、音楽理論を学んだのは数学が苦手だった私に、数学的要素を付与してれたと理解できます。

 人に誇るどころか、中学もまともに通わなかった私ですが、このような経験が製品の文脈を読み解く能力に結び付き、人並みに車両を評価できている源泉ではないでしょうか。

 自身の経験から国語、文学や音楽を含む芸術を学ぶほうが、直接的な学習よりも有意義に感じています。それらの教養を得たうえで専門分野を習得するのが、実は一番の近道であろうと考えます。

 製造業といえば、芸術や文学からは一番遠いようにも思いますが、作り手もそれを読み解く立場でも、それらの素養がとても大切だと認識するに至りました。
 

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